恒星による太陽で「太陽神証明」をするブログ

現行は完全フリーです。2020年5月4日。 当方は日本国で「神」の称号を受ける必要はございません。             ブログの主題は太陽神相当と言う「天の力」を示すのが目的です。

天然痘の治療は、武家としての器量が試されたそう それが「独眼竜」

 

 昔に、NHK仙台で「独眼竜政宗」と言う大河ドラマが放映されました。

大方昭和の終わり頃であり、あの時代の日本国はバブル時代の、

まだ日本国民に笑顔があったであろう、遠い昔の噺です。

 

まず、一番下側に、伊達政宗天然痘に絡む情報を転載したのですが、

それぞれのまとめの皆様の史実ということのようです。

 

その記述を確認すれば、「天然痘」により失明し隻眼となるのは

よほどということでしょう。

庶民ではなく、城主のレベルでは珍しいのでしょうか?

独眼竜は伊達のオリジナル名であり、隻眼が正式な名前です。

 

下記の病床から片眼を切り落とすに至る経過から、

まず天然痘が回復しても、片眼の視力を失ったのは自認できる事であり、

その時点での異変は当然に当人も気づいていたと思われます。

 

なかなか、眼が飛び出てからやっと現実を知るのは、

子供ながらにも武士としてはずぼらだったか?

 

現実、眼が飛び出ていれば触ればすぐにわかるし、

正常な人間であれば、患部は誰でもさすります。

自分の体の管理ができない者は、やはりそのような位置に座るのは難しい。

 

同時に、親子愛がなかったのは見て取れますね。

仙台特有のものなのかもしれない。同時に武家特有か?

 

 

masa-saiban.hatenablog.com

 

 

 下記は、転載させて戴きました。

■もっとも知名度の高い戦国武将・伊達政宗の『独眼竜』は天然痘によって生まれた

 さて。
江戸時代の「疱瘡(ほうそう)」は有名ですが、何の病気かというと、これこそが「天然痘」です。「痘瘡(とうそう)」ともいいますね。
当時は最も恐れられた死の病の1つとされ、「疱瘡は器量定め」といわれました。
これは治ってからもあばたや失明など、あとが残りやすかったからです。
源実朝豊臣秀頼吉田松陰など有名人たちもあばたがあるなど、天然痘にかかった形跡があります。

 失明といえば、天然痘のおかげで独眼竜が生まれたのですから、いいような悪いような……。

 江戸時代に書かれた『伊達治家記録』の研究などから伊達政宗天然痘で右目を失ったのは確かなようです。

 伊達政宗は「伊達家嫡子・梵天丸」として両親から可愛がられていました。しかし幼少期に天然痘にかかってしまいまして……。
治った頃合いから急に、「傍に来るな」と言われるなど母から疎まれるようになり、なぜ急に嫌がられるのかと悲しみ不思議がっていましたが、ある時。
手水に自分の顔が映ったのを偶然見て…悟りました。
病で失明した右目が外に飛び出していたのです。
それまで気付かずに普通に過ごせてきたのは、周囲が「彼の周りから鏡を意図的に隠し、本人が気付かないようにしてあげていた」から。
そして政宗がその右目を自分で小刀で切り落とそうとする強い思いを汲み、傅役(もりやく)の片倉小十郎景綱は代わりに切ってあげました。
そのさまはお互いに相当な覚悟の上であり、鬼気迫ると共に凄惨だったとか。

 

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伊達政宗の名言

Date Masamune
伊達政宗

出羽国陸奥国戦国大名

陸奥仙台藩の初代藩主。幼少時に天然痘により右目を失明し、後世独眼竜と呼ばれる。戦国時代、東北地方に全国的にも屈指の領国規模を築いた。

織田信長の統一事業を継承していた豊臣秀吉に服属し、関ヶ原の戦いでは徳川家康の東軍に属し、二代将軍徳川秀忠、三代徳川家光まで仕えた。

家光からは特に尊敬され「伊達の親父殿」と呼ばれた。

国: 日本(出羽国米沢城)
生: 1567年9月5日
没: 1636年6月27日(享年68)

 

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